大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所呉支部 昭和42年(ワ)65号 判決 1968年7月15日

原告

上中田洋美

ほか一名

被告

渡辺組

主文

1  被告は原告上中田洋美に対し金二六〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四二年五月二三日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告上中田和彦の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告上中田和彦の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  本判決中、原告上中田洋美勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(一)  原告ら

「被告は原告上中田洋美に対し金二六〇、〇〇〇円、原告上中田和彦に対し金四九八、一五八円および右各金員に対する昭和四二年五月二三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、請求原因

(一)  (事故の発生)訴外藤元晃は昭和四一年一月七日午後二時四五分ごろ、大型貨物自動車(以下本件自動車という)を運転して呉市仁方町七七九番地先仁方駅前三叉路附近を西から東に進行中、進路前方を横断していた原告上中田洋美(以下単に原告洋美という)に本件自動車前部を接触させて路上に転倒させ、よつて原告洋美に対し右下腿足部圧挫創、右趾三、四趾複雑骨折の傷害を負わせた(以下本件事故という)。

(二)  (藤元の過失)藤元は大型第一種免許取得後二年を経過していないため、本件自動車を運転する資格がないことを知りながらあえて運転し、前記三叉路手前にさしかかつた際、原告洋美、同哲子らが進路の方に向つて出てきているのを見たとき直ぐ減速して原告らの動静を注視しながら運転すべき注意義務があるのにこれを怠り漫然と時速四〇キロメートル位の速度で進行したため、進路前方を右から左に向つて横断歩行中の原告洋美を発見するのが遅れ、かつ、ハンドル操作およびブレーキ操作が未熟で適当でなかつた過失により、本件自動車の右前輪を原告洋美の右足に接触させ、よつて洋美を路上に転倒させた結果前記の傷害を負わせるに至つた。

尚、藤元は本件自動車の仕業点検、整備管理をも怠つたものである。

(三)  (被告の地位)被告は本件事故当時、本件自動車の所有者であつて、本件自動車を自己の為に運行の用に供する者であり、かつ、藤元を運転手として雇用して土建業を営んでいたものであるが、本件事故の際も藤元は右業務のため本件自動車を運転していたものである。

(四)  (損害)本件事故により、原告らは次のとおり損害を蒙つた。

(1)  原告和彦の財産的損害

療養費 金八六一、六五八円(内訳は別紙記載のとおり)

弁護士費用 金一一〇、〇〇〇円

(2)  原告洋美の精神的損害

原告洋美は右足首の傷痕が歴然と残り、著しいびつこをひいて生活機能に障害があるうえ、女児であるため結婚への影響も大きい。

よつてその精神的苦痛を慰藉するには、少くとも原告洋美に対し金五九〇、〇〇〇円を必要とする。

なお、原告らは本件事故による損害に対し、自動車損害賠償責任保険金相当額の金六三〇、〇〇〇円および被告より金一四三、五〇〇円、訴外藤元晃より金三〇、〇〇〇円を受領したので、右保険金相当額の金員のうち後遺症関係の三三〇、〇〇〇円を原告洋美の前記慰藉料請求権の一部に充当し、その余はすべて原告和彦の損害賠償請求権の一部に充当する。

その結果、債権残額は原告洋美については金二六〇、〇〇〇円、原告和彦については金四九八、一五八円となる。

(五)  (結論)よつて被告は自動車損害賠償保障法第三条、民法第七一五条にもとづき、原告洋美に対し金二六〇、〇〇〇円、原告和彦に対し金四九八、一五八円および右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和四二年五月二三日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

第三、請求原因事実に対する答弁

1  請求原因事実(一)は認める。

2  同(二)は否認する。

3  同(三)のうち被告が訴外藤元晃を雇用していたこと、被告が土建業を営んでいたことは認め、その余は否認する。

4  同(四)のうち、原告らが自動車損害賠償責任保険金相当額の金六三〇、〇〇〇円を受領したことは認め、その余は不知。

第四、抗弁

(一)  (免責事由)被告および訴外藤元は本件自動車の運行に関し注意を怠らなかつたし、本件自動車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。本件事故は全く原告らの過失に起因するものである。即ち、本件事故現場は交通ひんぱんな道路であるので、母親である哲子としては、当時四才一一か月の原告洋美を一人で歩行させてはならない監護義務があるのにそれを怠つたため、原告洋美が母親の哲子の手を離れ、道路の反対側に横断し、そのまま佇立していたので、訴外藤元がそのまま前進したところ、哲子が不用意に洋美を手招きしたので洋美が突然本件自動車の前方に飛び出したため本件事故が生じたのである。

(二)  (過失相殺)仮に訴外藤元に過失があるとしても、訴外哲子、原告洋美の前記過失も本件事故発生の原因となつているから、損害額の算定に当つては右過失を斟酌すべきである。

(三)  (弁済)被告は本件事故に関し、原告らに対し原告らの自陳する金一四三、五〇〇円以外に次のとおり支払つた。

見舞金 二〇、〇〇〇円

病院に対する支払金 三七一、七四〇円

人形、果物、菓子代 一八、二三〇円

第五、抗弁事実に対する答弁

すべて否認する。

第六、証拠 〔略〕

理由

一、(本件事故の発生)

請求原因事実(一)については当事者間に争いがない。

二、(藤元の過失)

〔証拠略〕を併せ考えると次の事実を認めることができる。

1  現場の状況

本件事故現場は呉市仁方町を東西に走る国道一八五号線上で国鉄呉線仁方駅北方一五〇メートルの地点に位置する三叉路で右国道およびこれと丁字型に交叉して仁方駅に至る道路の何れも幅員九メートルであり、右国道は歩車道の区別がなくアスフアルトで舗装されている。路面は大体平担で当時乾燥していた。見通しはよく、本件三叉路の西方約一〇メートルの地点にバス停留所がある。現場附近の制限速度は時速四〇キロメートルである。国道の北側は人家、工場が立ち並び、南側は幅約二・二メートルの国道沿いの川をへだてて商店が並んでいる。

2  藤元の本件自動車運転状況

藤元晃は昭和四〇年三月一五日に第一種大型免許を取得し、同年一一月ごろ被告経営の土建業渡辺組に運転手として雇われ、普段は本件自動車を運転していなかつたが、たまたま本件事故当日はいつも本件自動車を運転している運転手が休んだため被告から本件自動車を運転するよう命ぜられた。

本件事故当時、藤元は本件自動車(広一に五八―〇六号、六トン積み)に土砂五トン余を積んで時速三八ないし四〇キロメートル位の速度で国道一八五号線を西から東に向つて進行し、本件三叉路の手前約二六メートルの地点にさしかかつた際、進路前方右側(南側)交叉点入口のところに哲子と二人の子供(原告洋美とその弟稔高)が立つているのを認めたがそのままの速度で進行したところ、本件三叉路の中心部より約一七メートル手前に来たとき、突然、三叉路の中心部を進路前方右から左に走つて横断している原告洋美を発見し、急制動の措置をとると同時にハンドルを左に切つて衝突を避けようとしたが及ばず、本件自動車の右前輪を原告洋美の右足に激突させた。

3  藤元の過失

右認定事実をもとにして、藤元の過失の有無を検討すると、本件事故現場は国道一八五号線と国鉄呉線仁方駅に至る道路とが丁字型に交叉する三叉路であり、しかも附近にはバス停留所があつて本件三叉路を横断する歩行者があることは容易に予想され、藤元は三叉路の手前約二六メートルの地点で進路前方右側に哲子と二人の子供が国道に向つて立つているのを認めたのであるからその動向を確めるため直ちに減速し、かつ、前方を十分に注視して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速四〇キロメートル位の速度で進行を続けたため、進路前方を走つて横断しようとした原告洋美を発見するのが遅れ、本件事故を惹起するに至つたものと認められる。

三、(被告の地位)

〔証拠略〕を綜合すると、被告は当時本件自動車の所有者であり、藤元は本件自動車を運転して土砂を運搬していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、被告が藤元を雇用していたことは当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、被告は後記免責事由の存在が立証されない限り、自動車損害賠償保障法第三条もしくは民法第七一五条に基き、後記損害を賠償すべき義務がある。

四、(抗弁)

1  (免責事由)前示のとおり、藤元には本件自動車の運行に関し注意を怠つたことが認められるので、その余の判断に及ぶまでもなく被告の免責の抗弁は理由がない。

2  (過失相殺)〔証拠略〕によれば、哲子は原告洋美とその弟の稔高を連れて本件現場附近の商店街へ買物に来たが、子供を連れて国道を横断するのは危険と考え、国道の南側、交叉点入口のところで子供達にここで待つているように云つたところ、原告洋美はこれをきかず、突然、国道の南側から北側へ向けて走つて横断を始め、センターラインを少しこえたところで本件自動車と衝突したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、被告は、原告洋美が一旦道路の右側から左側へ横断し終え、そのまま佇立していたので藤元がそのまま前進したところ、哲子が洋美を手招きしたため、洋美が突然本件自動車の前方にとび出した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

そこで前示認定事実をもとにして考えると、幼児が突然道路へとび出すことはよくあることであるから、母親である哲子としては、本件現場の如き交通ひんぱんな道路附近にあつては、子供がとび出さないようその手を引くとか、少くとも子供の動静に十分注意してとび出しを防ぐべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があると認められる。

そして、哲子の右過失を藤元の前示過失と比べると、その割合は大体において哲子二、藤元八であると認められ、母親哲子の右過失は本件事故による損害賠償額を算定するに当り原告側の過失として斟酌すべきものと認められる。

五、(損害額)

1  財産的損害

(イ)  (治療費)〔証拠略〕を併せ考えると、本件事故により原告洋美は昭和四一年一月七日から同年八月一八日まで中国労災病院に入院し、その後昭和四二年三月一三日まで同病院に通院して治療を受け、その間右治療のために要した入院費、治療費は合計金三七一、七四〇円であることが認められる。原告和彦は入院費、治療費として金三八四、二三八円を支払つた旨主張するけれども、右認定額以上に支払つたことを認めるに足りる証拠はない。

(ロ)  (入院雑費)〔証拠略〕によれば、原告和彦は右入院期間中、貸テレビ、貸ゴタツ等の入院雑費として金一一、七〇七円を支払つたことが認められる。同原告は入院雑費としてシーツ、パジヤマ等合計金五四、〇〇〇円を支出した旨主張するが、原告哲子本人尋問の結果以外にはこれを認めるに足りる証拠がなく、右原告本人尋問の結果はたやすく措信できない。

(ハ)  (付添費)〔証拠略〕によれば、原告洋美の入院中母親である哲子が付添つて看護に当つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。〔証拠略〕によれば、本件事故当時原告洋美が四才一一か月であつたことは明らかであるから、右年令ならびに傷害の部位、程度を考え併せると、原告の洋美の入院期間中、母親である哲子の付添を必要とするものと認められ、〔証拠略〕によれば、当時哲子は上中田組に事務員として勤務し、一か月金一三、〇〇〇円の賃金を得ていたことが認められる。そうすると、哲子は洋美に付添うことによつて八か月分の賃金相当額金一〇四、〇〇〇円の損失を蒙つたことになるが、右損害は前記の理由から原告洋美の入院、治療に伴う付添のための出費とみるのが相当である。

(ニ)  (交通費)〔証拠略〕を併せ考えると昭和四一年八月二三日より同年一二月三日まで計二〇回にわたりタクシーで通院し、一回当りタクシー代金五〇〇円を要したこと、昭和四二年一月四日から同年三月一三日までは転居に伴い汽車で計三回通院し、一回当りの交通費は金一、七〇〇円であつたことが認めめられる。そうすると、交通費として金一五、一〇〇円を要したものと認められる。〔証拠略〕のうち、右認定に反する部分は前掲証拠にてらしたやすく措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(ホ)  (特殊靴、松葉杖)〔証拠略〕を併せ考えると、原告洋美のための特殊靴を購入するため金四、五〇〇円、松葉杖を使用するため金一七〇円をそれぞれ支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(ヘ)  (弁護士費用)〔証拠略〕によれば、原告らは本訴を提起、遂行するに際し弁護士費用として金一一〇、〇〇〇円を負担したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の支出は、何れも本件事故と相当因果関係のある損害と認められ、(イ)ないし(ヘ)を合計すると金六一七、二一七円となる。その余の原告和彦主張の支出については、何れも本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

右損害額につき、哲子の前示過失を考慮すると、被告は原告和彦に対し金四九三、七七四円の損害を賠償すべき義務がある。

2  (精神的損害)

本件事故によつて原告洋美が負つた傷害の部位、程度、入院期間の長さ、同原告が女児であることから将来の結婚に及ぼす影響等諸般の事情を考慮すると、原告洋美の精神的苦痛を慰藉するには、前示哲子の過失を斟酌しても、なお、金五九〇、〇〇〇円を下らない。

六、(弁済の抗弁)

被告は、病院に対し金三七一、七四〇円を支払い、かつ、原告らに対し見舞金二〇、〇〇〇円と人形、果物、菓子等一八、二三〇円相当の品物を交付した旨主張する。

〔証拠略〕を併せ考えると、被告は直接病院にもしくは原告らに対し合計金一九六、九八七円を支払つたことが認められ、右認定額以上に支払つた旨の証人渡辺フジ子ならびに被告本人の各供述は、前掲証拠にてらし措信し難い。

見舞金二〇、〇〇〇円を支払つた点については、被告主張にそう証人渡辺フジ子の証言、被告本人尋問の結果はにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠がない。人形、果物、菓子類を持参した点については、〔証拠略〕を併せ考えると、これを認めることができるけれども、これらは見舞に際して持参する手土産的なものと考えられ、特に精神的損害(ないしは財産上の損害)に対する一部弁済の趣旨で授受されたことを認めるに足りる証拠はない。

よつて、弁済の抗弁は被告が治療費の一部として金一九六、九八七円を弁済した限度で理由があると云うべきである。

七、原告らは自賠責保険金相当額の金六三〇、〇〇〇円ならびに訴外藤元晃より金三〇、〇〇〇円を受領し、右保険金相当額の六三〇、〇〇〇円のうち金三三〇、〇〇〇円を原告洋美の前記慰藉料請求権の一部に充当し、その余はすべて原告和彦の前記損害賠償請求権に充当さるべき旨自認するので、原告洋美については債権残額は金二六〇、〇〇〇円となり、原告和彦については右三〇〇、〇〇〇円と三〇、〇〇〇円の合計額に前項の弁済金一九六、九八七円を加えたものが同原告の前示認定にかかる損害額を超過すること明らかであるから、原告和彦の請求権はすべて消滅したことになる。

八、(結論) よつて原告洋美の被告に対する右金二六〇、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年五月二三日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、原告和彦の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平井哲雄 松田延雄 大東一雄)

〔別紙〕 療養費内訳

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例